宇宙から太陽エネルギーを地球へ送る「軌道上太陽光発電(SBSP)」は、24時間365日クリーンで安定した電力供給を可能にする次世代技術です。各国の最先端プロジェクトや仕組み、実現への課題、そして未来の展望まで、宇宙太陽光発電の全貌を詳しく解説します。
宇宙からの太陽エネルギー、すなわち軌道上太陽光発電は、地球全体にクリーンな電力を供給する未来の鍵として注目されています。地上の太陽光発電は大気や天候、昼夜のサイクルによって制約を受けますが、宇宙空間ではそうした障害がなく、太陽光はほぼ絶え間なく降り注ぎます。このため、科学者や技術者たちは何十年にもわたり、宇宙空間で太陽エネルギーを収集し地球へ送電する軌道上太陽光発電所の実現に取り組んできました。
宇宙で太陽エネルギーを集めるアイデアは新しいものではありません。1941年、SF作家アイザック・アシモフが短編小説「太陽の理性」で、軌道上からマイクロ波で地球へエネルギーを送るステーションを描写しました。1960年代末にはアメリカの技術者ピーター・グレイザーがSpace Solar Power Satellite(SSPS)の最初の技術コンセプトを提案し、1973年には特許も取得。この構想はやがてNASAや米エネルギー省の実証研究へと発展し、「軌道上太陽光発電(Space-Based Solar Power, SBSP)」という新たな分野を切り開きました。
当初はコストや技術の壁が高く、実現は困難でしたが、21世紀に入って再利用型ロケットや軽量な太陽電池、コンパクトな変換装置などの進化により、再び注目を集めています。世界的な再生可能エネルギーへのシフトと電力需要の増加も、宇宙発電の現実味を高めています。
今や宇宙太陽光発電は、先進国の宇宙機関や民間企業が本格的に研究開発を進める現実的なエンジニアリング課題となりました。
軌道上では太陽電池パネルが年間の99%もの時間、常に照射を受けられます。大気や夜間の影響を受けないため、地上型の8~10倍もの発電効率が期待できます。巨大な展開式プラットフォームに薄膜型や柔軟な太陽電池を設置し、打ち上げ時はコンパクトに畳み、宇宙で展開します。
地球への安全かつ効率的な送電方法が最大の技術課題です。主なアプローチは以下の2つです:
発電所は自動安定化・姿勢制御システムを搭載し、常にパネルを太陽へ、送信機を地球へ向けます。AIや量子ジャイロスコープの導入で、センチメートル単位の高精度位置制御が可能になっています。
地球では直径5km級の巨大アンテナアレイが受信し、国内の電力網へ分配します。送信される電波の強度は、携帯電話の通話時の安全レベル以下に設定されています。
このように、軌道上発電所は天候や時間に左右されず、安定してクリーンな電力を供給できるのです。
こうした課題はあるものの、近年の技術進歩により、宇宙太陽光発電は原子力や石炭火力に代わる現実的な選択肢となりつつあります。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)はこの分野で世界をリードしており、2025年にはマイクロ波による数キロメートル規模の軌道送電実験を計画。2035年までに100万kW級(100万世帯相当)の発電所打ち上げを目指しています。
中国のCAST(中国航天科技集団)は、36,000kmの軌道で太陽光を集めレーザーで地上送電する「重慶プロジェクト」を推進。すでに地上型の試験プラットフォームが稼働し、2028年には初のデモ衛星打ち上げが予定されています。
NASAはノースロップ・グラマンやカリフォルニア工科大学(Caltech)と共同でSpace Solar Power Demonstrator計画を進め、超軽量パネルや新型マイクロ波送信機の軌道実証を目指しています。ヨーロッパでもESA(欧州宇宙機関)がSOLARISプログラムで軌道発電の経済性・技術性評価を進めています。
2024年、イギリス政府は2035年までに自国の軌道太陽光発電所建設を発表。エアバスやFrazer-Nashなど民間企業も参画し、国家規模での推進体制を構築しています。
これらの動きは、宇宙太陽光発電がSFの話から現実のエネルギー競争へと進化したことを示しています。
宇宙太陽光発電は、地球規模のエネルギー自立を実現する大きな一歩となる可能性を秘めています。現在でも再生可能エネルギーへの転換が進んでいますが、軌道上発電所は「雲の上」の次元で世界のエネルギーシステムを進化させます。
打ち上げコストの低減や軽量素材の開発、自動組立技術の進歩により、今後10~15年で宇宙から離島や僻地、月・火星探査基地への電力供給も現実になるでしょう。
21世紀半ばには地球を取り巻く「軌道上発電リング」が構築され、数百ギガワット級の送電が可能になると期待されています。これは単なる技術革新にとどまらず、宇宙と地球の境界が消える新たなエネルギーモデルへの転換です。
宇宙太陽光発電は、地球に害を与えず人類が手にできる、最もクリーンで持続可能なエネルギーの象徴となるでしょう。